荒澤岳〜兎岳〜
越後駒ケ岳縦走記
2001年9月21日〜9月24日 板倉 征男


文 写真 板倉 征男

荒沢岳は有名な越後三山に比べ地味な存在であるが、日本二百名山に入っていることから分かる通り隠れた越後の名山である。昭和50年代にはここから兎岳まで登山道が開かれていたがその後は廃道となり、わずかな踏み後も年々消えて深い薮に覆われた原生林に戻りつつある。言い換えればここに本当の越後の自然の姿が残されている訳でありその神秘的なロマンを秘めた旧道をたどるのが私のここ数年来の目標となっていた。
3年前の夏に丹後山から中ノ岳を縦走したがその時1日を割いて縦走路の兎岳から分岐してつけられたこの荒沢岳への廃道を偵察する機会に恵まれた。この時は巻倉山と源蔵山の鞍部まで到達してテントで1泊して引き返したがこの時の印象では部分的に薮がひどいものの踏み後も結構残っており、この先、荒沢岳までも何とかなると思った。
翌年つまり2年前に若い頃薮こぎベテランといわれた某先輩の同行を得て今度は同じ方向から荒沢岳への縦走を試みた。ところが行ってみると偵察した所から先、つまり源蔵山の登りの薮が強烈だった。道が有ればどう見ても20分で登れるようなこの小ピークの登りになんと2時間近くもかかり暑い夏の盛りでスタミナを消耗してしまった。源蔵山をやっと越して小池までたどり着いたがこの先も同様な密林と笹薮の連続であることが分かってすっかり戦意をそがれてしまった。池の周りでテント泊の翌日、這々の体で岩魚止沢を下り銀山湖へとエスケープするやむなきに至った。
しばらく冷却期間を経てあれこれ考えていたが、やはり少々安易でも残雪期しかないと思い直し、この5月の連休に会社の山岳会のメンバーを誘って伝之助小屋に1泊して荒沢岳から兎岳への縦走に挑戦した。ところが今度は初日に通過する前クラの岩場の雪の付きが悪く通過は危険と判断して悔しい敗退を余儀なくされた。
その後はじっと静観していたが山への思いは尽きること無く、諦めずに次の機会がくるのは待っていた。
これまでの教訓からこの区間の縦走には次ぎの戦術が最上だと考えるようになった。それは@装備の軽量化を図り冒頭から薮こぎ覚悟で挑戦する。A残雪期では森林の自然には巡り会えない。あえて雪の無い季節に縦走を実行する。B高度差を有利に使うため荒沢岳を起点として源蔵山の方向に縦走する。C縦走中水場が無いので最近改良が著しい乾燥食品と3リットルの水で2泊3日くらい過ごせるだけの鍛練をする。D寝袋は持たずシュラフカバーと防寒具で夜をしのぐ。テントはゴアの軽いのを使う。
結局これだけの装備を35リットルのザックに詰めて薮こぎ専門スタイルで出かけることとし、機会を待った。チャンスは9月彼岸の連休にやってきた。初日は雨模様だが2日以降好天が予想できたので急遽出かけることにした。今回は残念ながら同志を募る暇が無かった。

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